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なんだか雲行きがあやしい

RRP小説 第7話

解体工事までは順調だった

 解体工事がスタートして1週間ほどは順調だった。

解体された廃材はきちんと整理整頓されているし、作業後は毎回掃除が実施されていた。

 解体から1週間ほどでほぼスケルトン状態になった2部屋は、この数日人の出入りが途絶えていた。1Fエントランス付近に掲示されているホワイトボードには、日付と工事内容が記入されているのだけれど、9時になっても10時になっても誰も現場に現れず、結局1日誰も来ることはなかった。

昨日のボード欄には「木工事」とあり、今日の欄にも「木工事」と書かれている。

それでもなぜか、現場に工事関係者が誰も来ない日は次の日も続いた。

「あのー、今日も梅宮組さん現場に来てないですけど、大丈夫ですか?」と私。

「はい、別件で連絡しているんですが私にも返信がないんです」と設計士の青山さんが返答した。

「ちょっと確認してみます」

私は青山さんに任せることにして、他の仕事に意識を移した。

 新たなパートナー梅宮組による工事が開始となって週数間が経過し、早いものであと1週間ほどで年末を迎える時期になっていた。私はその頃になってもまだ大規模修繕の完成図書の件で、株式会社後藤とやりとりしていた。いつになったら足りない書類が用意できるのか、すべて整った書類がいつ届けられるのか、そんなことにも意識を割きながら仕事をしていた。

 またそれとは別に新たな試みをやろうと考えていた。インターネット無料のサービスだ。

前々から情報を入手しつつ業者を選定していたのだが、先週数社面談した結果インターネット機器大手のバイソンという会社を採用することしたのだ。

年末頃の私は、2部屋のリノベーションとインターネット工事、大規模修繕関連の書類を入手することが意識の中心だった。

 梅宮組にお願いしたリノベ工事の3部屋は、工事前に入居者の内定が出ていた。

従来の賃貸ではあまりないことなのであるが、RRPのコンセプトに賛同していただいた人たちが、まだ部屋も出来ていない工事開始前にもかかわらず入居の内定を出してくれていたのだ。

 

プロジェクトスタート当初から、RRPでは今後の賃貸住宅の新たな挑戦を掲げていて、

「住人がその人らしく暮らせる部屋」を実現することを目標に、リノベ工事を進めてていた。

そのためにも、工事開始前に内定者からどんな部屋で暮らしたいかヒヤリングを実施していた。

ヒヤリングには毎回、建築士の青山さんも同席し、吸い上げた要望を図面にまとめる。

そんな流れで進めていて、該当の3部屋のうち、工事が開始された2部屋の図面が私のところに送られてきていた。

「図面のアイデアはなかなかおもしろい」と私は思った。

しかし今回の内定者は女性が多い。プランの内容は少し男性的すぎるかな、という印象だった。

洗面台やスイッチ、床のラインなどが直線的すぎて女性に対してはちょっと強すぎると感じたのだ。

「プラン確認しました、だいたい良いと思うのですが、ちょっと男性的な感じがします」

「RRPのプロジェクトは女性目線を忘れないでください、男性と女性では感性がかなり違います」

「どこまで女性の感性を拾えるかがこのプロジェクトの鍵です」と私は青山さんに伝えた。

「了解しました」と青山さんからメールで返答があった。

 

 余談になりますが、私は昔から建築が好きでもともと建築科に行きたいと思っていました。

実際に受験もしましたが、私の頃はベビーブームでとにかく受験生が多い世代でした。

数多く存在する学部の中でも建築科はとりわけ偏差値が高い上に受験者数も多く、結果的に学力の問題で建築科に進むことはできなかったという経緯があります。

もともと建築が好きだった私は、建築に進むことができなかった後もやはり建築には興味があり、

自分の心が揺れた空間があれば、なぜ自分の心が揺さぶられたのか考えるような傾向を持っていました。建築だけでなく空間に対しても周りの人よりは、興味とともに感度も高かったように思います。さらに照明・空間の中の灯りに対する感度は自分で認識できるほど当時から敏感だったと思います。

まだ若かった頃は、わかりやすい見た目も派手な建物・空間を作る夫婦建築家Tが好きだったのですが、いろいろ社会経験を積むにつれ地味だけれども生活者の目線で建築をつくる中村好文さんが好きになりました。この趣向の変化は要するに、建築家の為の建築でなく、住み手のための建築こそが建築の本質であると考えるようになったからだと思います。

今 私が建築家に求めるのは、奇抜なデザインや空間ではなく、住む人が長く暮らすことができて、ちょっとしたアイデアで嬉しくなるような空間を提示してもらうことです。そこにはデッドスペースをちょっとしたアイデアで活かすことや、手で触る部分は角が落としてあるとか、建築空間において視覚的に落ち着くだけでなく、手で触ってしっくりくるような空間であることが理想だと思うのです。

効率やデザイン優先になって、空間を直線だけ構成することなく、ある部分にはアールを入れ込むなどの読み解きが欲しいのです。

依頼されたことを依頼された通りに図面化するだけであれば、建築家に頼む必要はなく工務店さんに直接細かく要望すれば事足ります。わざわざお金を払って建築家にお願いする目的は、こちらの要望からさらに顕在化していないニーズを拾い上げ、本質を読み解いて提示してもらうことだと思うのです。

そのようなプロセスを踏まず、建築家のための空間を自分の実績のために作ったのであれば、

いくら住み手のことを考えて設計しましたと説明されても、ちょっと見れば誰の為に作られた空間かはすぐわかります。私はそう思えるほどこれまでたくさんの空間を見てきているのです。

 ちょっと話がそれたが、この脱線した内容は進行中の部屋の諸問題に後で関わってくることになる。私はその時まだ、そのことに気づいていなかった。

 

12月28日

 その後、現場に人がくるようになり再開していた現場を毎日進捗確認していた私は、リノベ中の一室で、とある問題箇所に気づいた。

この数日間「この部屋の特徴となるロフト部分の手すりをどうするか?」が最大の関心ごとになっていたのだが、その日その部屋を観察していると風呂の天井のさらに上に、何の為にあるのか理解できない押入れの天袋のような空間が出来ているのを発見した。何度見ても、写真を撮って見返しても何の為にこの空間があるのか理解できなかった。

ロフトの手すりの件は、ロフトから落ちないように安全柵を取り付けるという主旨だったのだが、この柵が邪魔でうまくロフトへ登れないと私は感じていた。設計側はそのような感覚はなく、ロフトへの上り下りは安全柵を乗り越えれば良いと判断していたようだった。

しかし何度検討しても私には安全柵が邪魔をして、逆に、上り下りが危険であるようにしか思えなかった。

ロフトの件はまだ結論を出せずにいたが、風呂場天井の上の空間を発見して私はさらに混乱していた。リノベ工事は年末に入りすでに休工となっていたので、年末年始じっくり対策を考えることにしよう。きちんと頭を整理してから、年明け早々に建築士の金岡さんと打ち合わせを実施することにした。

しかし、この天井付近の空間といい、ロフトの安全柵といい、私の感覚と青山さんの感覚のズレがあまりにも大きいので、「当初はすべて任せようと決めていた方針を変更せざるを得ないな」と感じていた。

そして実際、年明けから私は設計内容についても積極的に意見を言う方針になっていくのだった。

RRP小説はフィクションです