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2019年1月 様子がおかしい

RRP小説 第8話

様子がおかしい

2019年1月

 街がシーンと静まり返り体の芯から寒さが伝わってくる正月休みのある日、私はひとりで工事中の部屋にいた。工事のために積み上げられたプラスターボードを机にして、さっきからこの部屋の図面とにらめっこしていた。

 

 私はいつも時間が許す限り、図面を実際の空間で体感するように努めている。

図面だけではわからないことも多いし実際の空間がすべてであり、図面はあくまでも作業の補完物であると考えているからだ。

ただ何もない空間からは図面を読み解くことは難しいので、ある程度空間が出来上がってきたタイミングに合わせて実際に生活者の目線で空間の中でしばらく時間を過ごすことにしているのだ。

この作業を通して見えてくるコトは多い。

マグカップから湯気の立ち上るコーヒーを啜ると、BGMでパソコンからブルースが聞こえてきた。

なんとも切ないギターと歌声に呼応するかのように、私は心の中で呟いた。

「やっぱりここは図面の内容だとおかしいよな....♪」

「現時点でこの部屋の問題と思われる箇所は、ここと、ここと、全部で5箇所あると思う...」

すべてまとめて設計側の青山さんに伝えよう。

私は寒さに耐えかねてノートや図面を片付け、部屋をあとにした。

1月5日

朝一 ガチャ、と今日も寒さと静けさが染み渡るいつもの工事中の部屋の鍵を開けた。

部屋で準備をしていると、間も無く建築士の青山さんが入ってきた。

「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします」

「明けましておめでとうございます。新年早々 お時間いただきありがとうござます」

挨拶もそこそこに、この部屋の問題点について話し合いを始めた。

「それでは、五十嵐さんから事前にいただいたリストの上から行きたいと思います」

「えーとまず、浴室の天井の件なんですが、これは梁の寸法が既存図面よりも実際10cm大きかったんです、なので天井上の空きスペースが思ったより広くなってしまってました」

青山さんは説明を続ける。

「あとは浴室の換気扇とか、上の階からの配管なども想定して寸法を決めていて、どうせなら梁の高さに揃えようという判断で進めていました」とひと通り説明があった。

建築士と共に空間を作る作業は、とても素晴らしい出来事だと思う。

しかし依頼する側はしっかりと、建築家をコントロールしなくてはならないと思う。

すべてを建築家任せにして良いことはほぼないと言って良い。

なぜなら建築家というのは、往往にして生活者の視点を欠くことがあるからだ。

今回のプロジェクトを振り返ってみても、

デッドスペースが生まれてしまっている理由として、『線を揃えるため』 ただそれだけであることが多々あった。予算が潤沢で有り余るほどのスペースがあるような空間なら、ちょっとしたスペースはデザインの犠牲になっても良いだろう。

しかしRRPのようなわずかなスペースも無駄にしたくない決して広くないマンションの一室リノベにおいて、いかにデッドスペースをなくすか!は最重要テーマのひとつであるのだ。

 

生活者の視点ではさらに重要なことがある。

引っ越しだ。

引っ越しで荷物がきちんと搬入できるかどうか !? これは本当に重要なことだ。

しかしながらこの視点がそっくり抜け落ちてしまうのが建築家であるのではないか?とも

思えるのだ。

すべて建築家任せにしたとして、完成後 色々と問題が発生する事態は少なくないと思う。

だからこそ本当は一任したいところだけれど、すべてを自分がチェックする気持ちで口出ししていくことは施主の責任なのだと思う。

重要なことは、『建築家』に何を期待しているのか明確にすることだ。

ミュージシャンも医者もそれなりに全範囲をカバーすることはできる。

ジャズミュージシャンだってロックを演奏できるし、ロックミュージシャンだってジャズを演れる。ただ、演れることと得意であることは違うのだ。

自分が期待していることを得意としている人に頼めているか?それこそが重要なのだ。

話がそれてしまった、1月5日に話を戻そう。

我々は

風呂場の天井の件を終えると、ロフトの安全柵の件、部屋の壁の端から端まで通っている棚の件と、思いつく問題箇所を話し合った。

気がつくともうすでに時計は14時を回っていた。

気になる点をすべて話し合い改善点をまとめ終わって打ち合わせを終了した。

 

 

1月7日

年末から休工になっていた工事が再開した。

寝そべりながらでしか作業できなくて、苦労して作った風呂場上のスペースは打ち合わせ通り取り壊された。その他にも正月休みの間に打ち合わせした修正事項が現場に伝えられ、修正工事が行われた。

これは肌感覚だけれど、このあたりから現場の雰囲気は少しずつおかしくなっていった気がする。

大工さんの雰囲気もあまり良くないように感じられ、私が昼間現場に顔を出すことはほぼなくなった。ただ作業後の進捗については、毎日確認することは続けていた。

「あれ、このビスかなりまがってるな、***現場もかなり汚いし、道具も整理されずに床になんの秩序もなくぶん投げられている」

最初はあんなにきちんと整理整頓されていたのに、なんだろうなー。

1月29日

「それじゃ、もうそろそろ定例会議終わりましょう」そういって会議を終えようとしていた。

梅木組にリノベ工事をお願いした昨年から、RRPは関係者そろって毎週一回の定例会議を実施していた。毎回午後13時にスタートして現場確認をしながら問題点と改善点を話し合うのだが、毎回会議時間は3時間から4時間になることがほとんどだった。

毎回こんなに会議が長くなる理由は、会議でアイデア出ししていたからだろう。

関係者全員が集まって(現場作業を中断させ)現場で問題となっている箇所を確認する為の定例会議であるべきが、現場でデザインを含め、細々とした設計変更となるアイデア出しをしていたのだ。

図面を施工業者に渡し工事進行中であるにもかかわらずまだ、

 

「こうしたらどうだろう、ここはもっとこうすれば良くなる」

 

などやっていたのだ。今となっては完全に甘えていたと感じる。

 

そもそも趣味でやっている訳ではないんだから、もっと自分に厳しくもっと全体を見通して事を

すすめる必要があったと思う。

本当に反省点だ。

本当に勉強になった。

 

そしてさらに重大な反省点がある。

この反省は想像していた以上に大きな、重大な反省点であったのだ。その時の私はその重大性にまったく気づいていなかった。

毎週何時間もかけて、「ああでもない、こうでもない」と繰り返していた内容に関して、見積を確認していなかったのだ。。。。

変更で金額の増額があった都度、見積を出してくださいとは伝えていた。伝えていたつもりだった.....

「しかし今日はちょっと間に合いませんでした、」「来週月曜にお出しします、」

「業者からの書類が間に合わなくて、」「すべてまとめてからと思いまして、」などの説明に

 

それ以上突っ込まず、そのまま流し続けていたことにも気づいていなかった。

この時、梅木組の梅木社長は毎回定例会議に出席していたが、我々の(言い過ぎかもしれないが)趣味でやっているようなアイデア出しに乗じて、追加見積を提出せずにやり過ごしていた。

 

「なにせ私はこの時点で、ロフトの安全柵がいるのか、いらないのか」

 

というような、まったく本質でないことにばかり意識を割いていたのだ.................

 

これまでこのやり方で問題なかった(梅木組に工事を依頼する前の工務店さんとの関係)ので、梅木組との工事でも『大丈夫だろー』という安易な思い込みで、工事開始後も何度も何度も、小さい変更から、できた天井を壊す変更まで様々に変更をかけてきた。

この変更が、とんでもない見積書になることになるのだった。

[この小説はフィクションです]